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ドラマ演出家、和田勉さん死去

 テレビドラマ演出家の和田勉さんが亡くなられました。

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http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011011800099
時事ドットコムより2011/01/18引用

和田勉さん死去=「天城越え」などのドラマ演出

 「天城越え」「阿修羅のごとく」などのテレビドラマを手掛けた元NHKディレクターで演出家の和田勉(わだ・べん)さんが14日午前3時17分、食道上皮がんのため川崎市内の高齢者福祉施設で死去した。80歳だった。三重県出身。葬儀は近親者で済ませた。喪主は妻で衣装デザイナーワダエミ(本名和田恵美子=わだ・えみこ)さん。後日お別れの会を開く。
 早大卒業後、1953年にNHK入局。俳優のクローズアップを多用する演出手法や丹念な心理描写で高い評価を受けた。作品に「けものみち」「心中宵庚申」など。87年に退職してからは映画「ハリマオ」「完全なる飼育」の監督や、舞台演出を務め、民放バラエティー番組では駄じゃれ好きな「ガハハおじさん」として親しまれた。 
 3年前に食道がんと診断されたが、手術や延命治療を拒否し、病院や高齢者福祉施設で闘病生活を送っていた。(2011/01/18-10:30)
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 お気づきのように本ブログは昨秋あたりから訃報関係の話題は取り上げないようになりました。
 それ以前は「ドラマ関係者」の訃報を可能な限り取り上げていました。しかし実際には日々、かなり多くの「関係者」が亡くなられてしまう中で全ての関係者を取り上げるのが限界になり、それなら基本的に取り上げないほうがいい、というスタンスとさせていただいていたのです。

 ですが、今回の和田勉さんの訃報は、「テレビドラマ全般」を取り上げるブログであるなら、触れないわけにはいかない出来事のようにも思え、敢えて採り上げさせて頂いています。

 和田勉さんの演出は、アップの多用が一つの特長でした。先の訃報記事でも触れられているほどです。なぜアップなのか?という問いに、かつて和田勉さんは、「小さい画面で視聴者に強い印象を与えるのにはアップが最大の武器だったから」というような説明を冗談めかしてしていました。確かに、当時、まだまだ大画面でもなかった、小さな「テレビ」という媒体が持つ、不足を十分認識していたからこそ、アップという手法が導き出されたのかも知れません。その意味では、和田勉さんが最も和田勉的に活躍できたのは小さい画面のテレビという媒体ゆえだったということなのかも知れません。というか、まさにあのときのあのブラウン管というスクリーンで最もテレビ的に飛躍できた、といえるのかも知れません。
 かつて、テレビドラマは、脚本家ばかりがもてはやされました。一方、ドラマを演出する、演出家についてはあまり脚光を浴びなかったのです。その理由の一つはやはり画面の貧弱さにあったといっていいでしょう。脚本家がセリフという形で表現を縦横に駆使できる一方で、演出家が何か力をアピールできる領域が今ほどなかったのです。
 そういう時代に和田勉さんが「ドラマ演出家」としての存在感を出し得たのはやはりアップを多用することで貧弱な画面の弱味をカバーしたからこその面もあったように思います。
 のちに和田勉さんは大画面の劇場用映画にも進出しましたが、やはり大画面では過度のアップは多用できず、精彩を欠いていた面は否めません。
 ひょっとしたら、大画面化が進む、今日は、和田勉的なアップの多用という手法は通用しないかも知れません。その意味では地上波のブラウン管テレビがなくなるこの時期に和田勉さんがお亡くなりになられたのは、幕引きとして極めて象徴的な出来事のようにも映ります。

 さて、ちょっと話題を変えてみます。
 ドラマ好きの人にとって、和田勉さん、という人物の名前を聞いて抱くイメージはどういうものでしょうか。
 恐らく年齢によってそのイメージはかなり違っているのではないかと思うのです。

 和田勉さんがドラマ演出家だと今回はじめて知った、という人もいらっしゃるようです。1990年代以降にドラマ好きになられた人の中にはそういう人もいるでしょう。そういう人にとっては、どちらかといえばバラエティ番組に出ていたおじさん、というイメージしかなかったようです。

 今回の訃報に接しても、NHK定年退職後にバラエティ番組に出演して「ガハハ」と怪気炎を挙げる和田勉さんを彷彿する人が結構多いようです。『笑っていいとも!』などに出て、ふざけている和田勉さんのイメージが強いのでしょう。

 私のように1980年代前半にドラマの面白さに取り憑かれた者にとってはちょっと違う存在です。

 まず、私が最初に見た和田勉のドラマは『土曜ドラマ/波の塔』(1983 NHK)でした。山田太一氏の『早春スケッチブック』(1983 フジ)でテレビドラマの面白さに接して間もない頃に見たドラマでした。テレビドラマの奥深さに触れて、和田勉さんのドラマというものに接してみたかったのです。
 和田勉さんの作品歴の中で、この『波の塔』は恐らくあまり重視されていない作品かも知れません。ですが、私にとってはちょっと衝撃的でした。見た人ならお分かりのとおり、このドラマは導入部、大仰な音楽とアップの多用で始まる。そこで一気に「和田勉」的な手法に引き込まれてしまったクチなのです。
 テレビというメディアの中で、ものすごいことをしている人がいるのだなぁという感動のようなものでした。

波の塔 - ドラマ詳細データ - ◇テレビドラマデータベース◇
http://www.tvdrama-db.com/drama_info/p/id-20652

 まぁ、残念ながら私のように1980年代からドラマ好きになった者にとっては和田勉の凄さが半分ぐらいしか理解できていないのが現実です。

 例えば、1970年代までのドラマ関係の書籍を読むと、多くの著書で和田勉演出の『日本の日蝕』(1959 NHK)が取り上げられています。『日本の日蝕』が投げかけたものはそれほどまでに大きかったようです。(確か『日本の日蝕』は最近20年間の中で、何かの機会にオンエアされたはずですが、残念ながら私は未見です)

日本の日蝕 - ドラマ詳細データ - ◇テレビドラマデータベース◇
http://www.tvdrama-db.com/drama_info/p/id-2607

 ドラマ草創期から1960年代にかけて、和田勉さんの作品歴はまさにキラ星のごとく作品が並んでいます。多くの話題作、その時代の視聴者の話題をさらい、同時に芸術面でも評価を受ける。そういう作品が並んでいるのです。

 そこから伺えるのは、その時代を生きたドラマファンたちのとっての和田勉さんの圧倒的な存在感であります。ドラマ関係者にとっても大きな存在ではないかと思えるのです。

 残念ながらそれらの作品の大半は見ることがなかなか出来ません。その多くが再放送されることなく倉庫に眠っていたり、そもそも作品自体が廃棄されて見あたらないケースが少なくないからです。

 私の世代は、なんとか『天城越え』(1978 NHK)の凛々しさや、『阿修羅のごとく』(1979 NHK)の恐ろしさは知っています。これは幸いです。

天城越え - ドラマ詳細データ - ◇テレビドラマデータベース◇
http://www.tvdrama-db.com/drama_info/p/id-16729

阿修羅のごとく(1) - ドラマ詳細データ - ◇テレビドラマデータベース◇
http://www.tvdrama-db.com/drama_info/p/id-16951

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  ◇  ◇  ◇  ◇

 さて、こうして和田勉さんの凄さのホンの一端だけ知っただけですが、私などは、退職後の和田さんが、バラエティ番組に出て、ふざける様子はちょっと複雑でした。もともと豪放磊落のイメージだった和田さんですから言動に違和感はなかったものの、和田さんの仕事を知らない多くの人たちが和田さんを軽い存在のように扱っているのがちょっと愕然とさせられたのです。
 そういうイメージが若い視聴者だけでなく、徐々にテレビ界全般にも広がっているのではないかと思えたのも気になりました。
 テレビマンの人たちも日々忙しいわけで過去の名作を見ることなどほとんどないのでしょう。和田勉がかつていかに凄い仕事をしたのか、ということを知らないテレビマンにとっては、どこか「しょ~むないダジャレを連発するオッサン」という雰囲気で捉えるようになっていたように映るのです。
 例えば、あれは、90年代後半だったでしょうか。まだNHKの局アナだった堀尾正明アナウンサーが「スタジオパークからこんにちは」だったかでゲストの関係者として和田勉さんが電話出演した際に和田さんが延々と話すのを遮って「あなたは早く引っ込んでください」的な「邪険な扱い」をするのを目にして驚いたのを覚えています。まぁ、あの場の雰囲気ではあれもアリだったのですが、かつてはNHKで芸術賞男との異名をとって仰がれる存在だった和田さんがもはやNHK関係者にも軽く扱われているように映り、ちょっと愕然とさせられ、それゆえ、10年以上経った今でも私の記憶に残っているのです。

 最後に一点、敢えて言及させていただくと、晩年、和田さんが女子大生とのセクハラ問題をめぐる訴訟でスポーツ紙などを賑わしたのはちょっと残念でありました。当時、拙サイト「テレビドラマデータベース」でこの一件を、当時開設していた「最近のトピックス」コーナーでとりあげたことがあります。↓

NHKの元ドラマ演出家W氏がわいせつ行為強要で賠償判決
http://www.tvdrama-db.com/content/news/20040830.htm

 この記事で「W氏」とあるのは和田勉氏のことであります。

 芸術祭男と言われた和田勉さんが今よりもずっと官僚主義的であったであろうNHKで長年、頑張ってこられた。そのストレスというか負のマグマが退職後一気に噴出したような気がします。上記の事件もその一端だったのかも知れません。

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