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てれドラぶろぐ

テレビドラマ研究家の管理人が語るドラマなどの話題

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連続テレビ小説『てっぱん』のいいところ

 連続テレビ小説ゲゲゲの女房』が惜しまれつつ終了。続いてスタートしたのが大阪放送局制作の『てっぱん』。今週で5週目に入ったところですが、皆様、どのような印象をお持ちでしょうか。
 前作『ゲゲゲの女房』の評判がよかったため、その後を継いではじまった『てっぱん』の作り手には大きなプレッシャーがあったかも知れません。

 『てっぱん』が始まり、視聴を始めて、まず真っ先に受けた印象は、登場人物たちがかなり「粗放」だというところ(笑)。
 前作『ゲゲゲの女房』の登場人物たちが皆、理性的かつ抑制の効いた行動に支配されていたのと比べ、『てっぱん』の登場人物は皆、「直情的」です。その場の出来事で、衝動的な感情の動きに左右されて行動しているのが大半です。典型的なのが遠藤憲一さん演じる父親役で、何事でもすぐに激情をあらわにする。
 他の登場人物も似たり寄ったり。ヒロインについても、『ゲゲゲの女房』のヒロイン(松下奈緒さん)と比べはるかに若いことも影響しているでしょうが、深い思慮のもとに行動しているということはほとんどなさそうで、もっぱら一過性の出来事に翻弄されています

 こうなると、『ゲゲゲの女房』に慣れ親しんだ視聴者がみると、これまで思慮深い動作が支配していたドラマが急に「幼い」登場人物たちによる、粗放でエキセントリックな言動の多いドラマに代わってしまったように映る面がありそうです。
 なにやら『ゲゲゲの女房』より『てっぱん』が幼いようにみえるのです。その結果、ドラマとしての成熟度も『ゲゲゲの女房』のほうが高いと誤解する向きも多そうです。

 ですが、ちょっと待って欲しいところです。それはちょっと誤解が含まれているのです。

 実際のドラマの表現技法を比較してみると、実は『てっぱん』のほうが高度な表現を使っているところも結構多いのです。

 それに比べると、『ゲゲゲの女房』の場合は、主人公の松下奈緒をはじめ向井理など多くの登場人物が、理知的な言動が多かったことに気付かされます。
 これは漫画家という職業の人物とその周囲からなる人間像を描くドラマゆえ、ある程度、登場人物の気質として内省的かつ理知的な行動になっていきがちな面があったといえるのです。
 結果としてかも知れませんが、作品の主題に近い台詞をサラッと登場人物に語らせてもさほど違和感がなかったのです。登場人物の心情などを分析的に登場人物に直接語らせることも可能だった。あるいは物語の展開の勘どころを登場人物の口を使って語らせることだって可能だった。登場人物が理知的ゆえ、説明的台詞を吐かせても違和感なく視聴者に受け入れられ、同時に台詞を使って内容を視聴者に説明することが出来た面があるのです。

 一方、『てっぱん』の登場人物はどうか。
 前述のとおり、直情的な言動の登場人物ばかりです。

 それは、その結果として、登場人物の言動を通じて主題を伝えることが難しいということでもあります。
 登場人物の台詞を使って心情を客観的に語らせたり、台詞によって物語の重心を視聴者に理解させる、といった『ゲゲゲの女房』のような表現手法が難しいことでもあるのです。
 『てっぱん』の登場人物の言動は、目先の出来事に翻弄されてばかりです。
 ドラマが底流にどんなテーマを据えているのか理解することは出来ない。しかしじっくり観続けていくと、ようやくおぼろげながら作品の主題のようなものが観る者にほのかに見えてくることになる。
 『てっぱん』は、そういうドラマなのでしょう。

 どんなことでも登場人物の口を借りて説明させることが可能だった『ゲゲゲの女房』よりも、『てっぱん』のほうが、ひょっとすると表現技法としては高度なことをやっている可能性だってある、ということがお分かりいただけたでしょうか。

 というわけで、まずは『てっぱん』の良さを語ってみましたが、いいところばかり、というわけではありません(笑)他の部分、とりわけ、ドラマの展開については残念ながら強引すぎる部分が気になっています。そのあたりを引き続き、次の稿で指摘してみたいと思います。

連続テレビ小説 てっぱん (NHKドラマ・ガイド)連続テレビ小説 てっぱん (NHKドラマ・ガイド)
(2010/09/25)
寺田 敏雄今井 雅子

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