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俳優、谷啓さん死去

 元クレイジー・キャッツのメンバーで俳優の谷啓さんが死去されました。

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http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2010/09/12/01.html
スポニチ「Sponichi Annexニュース」より引用

谷啓さん急死…階段から転落し顔面を強打

 7人組「クレージーキャッツ」のメンバーとして活躍し、「ガチョ~ン」などのギャグを流行させたタレントで俳優の谷啓(たに・けい、本名・渡部泰雄=わたべ・やすお)さんが11日午前5時7分、脳挫傷のため東京都三鷹市の杏林大病院で死去した。78歳。東京都出身。自宅の階段で転落し、頭などを強く打ち搬送されていた。葬儀・告別式は密葬で行い、後日お別れの会を開く。クレージーのメンバーは、07年3月の植木等さんに続き5人が鬼籍に入った。
 警視庁三鷹署によると、谷さんは10日午後5時50分ごろ、自宅の階段で転倒。1階から2階に上がる際につまずき、前のめりに倒れた。その際、受け身を取ることができず顔面を強打した。
 「バタン」という大きな音に気づいた妻の和子さんが119番通報。谷さんは病院に緊急搬送されたが、11日早朝、家族に看取られ息を引き取った。病院には早朝から関係者が駆けつけ、遺体は同日午後、自宅に戻った。
 昨年3月、進行役を務めていたNHK教育の美術教養番組「美の壺」を降板。紙屋聡プロデューサーは「1日がかりの収録になるので、負担を考えての交代でした。最後の収録の後、肩の荷が下りたようなホッとした顔をしていたのが印象的です。大スターと一緒に仕事ができて光栄でした」と振り返った。
 レギュラー出演していた映画「釣りバカ日誌」シリーズの最終作「釣りバカ日誌20 ファイナル」(同12月公開)が遺作となった。
 最近の様子について親しい関係者は「同じことを繰り返し話して、“セリフを覚えるのがつらい”とも話していた」と説明。別の知人は「体調は悪そうではなかったが、やせたという印象はあった」と話した。
 谷さんは昨年から「ずっと仕事一筋の人生だったので、今後はのんびりと暮らしたい」と希望し、自宅で和子さんと一緒にテレビドラマを観賞したり、孫の面倒を見て過ごす時間が多くなっていたという。
 ジャズにあこがれ、高校時代からトロンボーンを始め、ハナ肇さん率いるクレージーに参加したのは1956年。クレージーの中でも、よくしゃべる陽性のキャラクターで売った植木さんに対し、口数は少ないながら急所で笑いを取る役どころで“クレージーの第三の男”として存在感を発揮した。
 「おとなの漫画」「シャボン玉ホリデー」などのテレビ番組に出演すると、「ガチョ~ン」の声とともに、開いた右手を閉じながら手前に引くギャグは流行語に。温厚そうな丸顔で愛され、「ビローン」「あんた誰」「谷だぁ!」などのギャグで一世風びした。米国のコメディー映画が好きで、芸名は米喜劇俳優ダニー・ケイをもじって決めた。
 俳優としても映画「ニッポン無責任時代」など“無責任シリーズ”のほか、「図々しい奴」では主演。森繁久弥さんの主演ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」などで名脇役としても活躍した。

 ◆谷 啓(たに・けい)本名渡部泰雄(わたべ・やすお)1932年(昭7)2月22日、東京都出身。中大在学中に「原信夫とシャープス&フラッツ」の一員となり、大学は中退。その後「フランキー堺とシティ・スリッカーズ」を経て、56年にクレージーキャッツに移籍。64年、「図々しい奴」で映画初主演。70年代以降は「寺内貫太郎一家」「浮浪雲」などテレビドラマにも多数出演した。
[ 2010年09月12日 ]
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 テレビドラマでの谷啓さんは、。クレイジー解散後の諸作でいずれも脇役に徹しているわけですが、認知度は他の脇役俳優と比べるとずば抜けて高く、しかも期待通りの存在感を持って役柄を演じられていました。

 テレビドラマデータベースで、谷啓さんの出演作を検索すると、260本前後の作品がヒットします。

谷   啓 - テレビドラマ人名録 - ◇ テレビドラマデータベース ◇

 実にたくさんの作品で谷啓さんは活躍されていたことが改めて明らかになりますが、そんなたくさんのドラマの中で、私が谷啓さんの存在をとりわけ貴重に感じたドラマは『ポケベルが鳴らなくて』(1993 日テレ)でした。
 このドラマはご存知のとおり、裕木奈江さん緒形拳さんの年の差を超えた恋愛を描き、堤幸彦さんの演出に私が最初に着目した佳編なのですが、谷啓さんは緒形拳さんの職場の友人として、裕木奈江さんとの危ない恋愛に突き進んでしまう緒形拳さんを庇いながら見守る役柄としての役割を見事に果たされていました。他の人とは違うかも知れませんが、私にとってはあのドラマが谷啓さんのベストであります。

 スペイン旅行から帰って間もないところで谷啓さんの訃報に接したわけですが、実は個人的に幼少の時分から長年お世話になり、人格形成の過程でも大いに影響を受けた親戚の叔父さんの訃報に接し、昨日葬儀に参列して参ったところなのであります。
 人は日々、あくせく生きながら、日々死に向かって生きている。生きているうちはその人に文句をいったりいろんな働きかけができて、その人からリアクションも受け取ることが出来る。だけど死んだら誰もその人からのリアクションを受け止める機会はなくなってしまう。だから、私たちはその人が生きているうちに遺した言葉や生き方というものを大切に記憶に留めていかなければならない。
 葬儀でお坊さんがそういう話をして下さりました。ふと、谷啓さんの訃報と重なって妙に心に染みた次第であります。

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谷 啓

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