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余部鉄橋架け替えと『俺たちの旅』

 山陰にある、鉄道にかかる橋梁である余部(あまるべ)鉄橋が新しいコンクリート製の橋脚の橋梁に建て替えられ、新コンクリート橋の供用が開始されたというニュースが報じられました。

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http://mytown.asahi.com/hyogo/news.php?k_id=29000001008130002
朝日新聞「asahi.com」より引用

余部橋梁開通 新シンボル誕生祝う
2010年08月13日

 香美町香住区JR山陰線・余部鉄橋に代わるコンクリート製の「余部橋梁(きょう・りょう)」が開通した12日、地元住民らは余部駅が開業した約50年前さながらの宝船行列などで、新しい町のシンボルの誕生を祝った。JR西日本や、県や沿線市町などの団体の記念式典も相次ぎ開かれた。
 JR西日本は橋梁下で神事をして安全を祈願。県や地元の香美町、沿線の豊岡市などは、井戸敏三知事らも出席して、テープカットやくす玉割りをして開通を祝った。続く式典であいさつした井戸知事は1986年の転落事故に触れ、「不幸な出来事だったが、安全性や定時運行のためには架け替えざるを得なくなった。新橋梁を象徴とした新しい地域づくりに協力していく」と話した。
 式典後、地元の住民や子どもら約200人が、橋梁の高さと同じ41・5メートルの紅白もち作りに挑戦、約60キロのもちを長く伸ばして成功させた。はっぴ姿の小学生、幼稚園児ら約50人もくす玉を割り、帆を張って縁起物を積んだ「宝船」を引いて橋梁下の道路を練り歩いた。
 余部地区連合自治会長の山本美津男さん(66)は「新橋梁には静かで安全な運行を期待する。新しい地域のシンボルとしてみんなで守っていきたい」と話していた。

◆列車転落事故遺族 「無事故運行を」
 「もう事故は起きない。安心して成仏して」。86年12月の列車転落事故の遺族連絡会長、岡本倫明さん(76)はこの日の朝、事故で亡くなった妻の墓前に報告し、橋梁を通過する一番列車を見送った。
 鉄橋の架け替えのきっかけになった事故では、強風にあおられた客車が転落し、直下の水産物加工場にいた住民5人と車掌1人が死亡。新橋梁は防風壁を備え風に強い設計になった。
 式典前には、岡本さんや井戸知事、JR西日本の西川直輝副社長らがそろって慰霊碑に献花し、深く頭を下げた。式典で岡本さんは「無念は今も晴れない。鉄橋がなくなるのはさびしいが、架け替えは安全のため。これからも事故のないようしっかり運行管理をしてほしい」と話した。

◆一番列車に住民 静かさびっくり
 午前6時半に余部駅を発車する浜坂発豊岡行きの一番列車には、「渡り初め」の地元住民ら約120人が乗り込んだ。
 特別に2両増やして4両編成にした列車には住民らを含め約250人が乗車。定刻通り出発し、すぐに新しい橋梁に差し掛かった。鉄橋を渡る時のような「ゴトンゴトン」という音はなく、住民らは「すごく静かだ」とびっくり。身を乗り出すように、窓から見える日本海を眺めたり、橋梁の下にある自分の家を探したりし、「防風壁も透明なので景色もよくみえる」と感想を口にしていた。

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 余部鉄橋の列車転落事故は私がちょうど大学受験直前の出来事で、鉄道好きでもあった私は勉強そっちのけで新聞全紙を集めてスクラップしたのを覚えています。今でもそのスクラップが手元にありますが、「電車が空から降ってきた」など、事故の衝撃の大きさを物語る見出しが並んでいます。その後、私も山陰の余部鉄橋を渡り、その渡ったすぐのところにある鎧(よろい)駅で下車してカニ料理を食べに行ったことが二度ほどあります。

amarube.jpg鳥取商工会議所 HYOITO運営委員会
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http://www.hyoito.net/dd.aspx?itemid=1361より引用

 余部鉄橋がコンクリート橋になるのはこの事件が契機となっているようで、架け替えられたのは安全輸送の要請としてやむを得ないことだと思いますし、新しいコンクリート橋も景観が楽しめるような配慮が最大限なされているそうですから問題はないのですが、やはり、古い鉄橋が無くなったということには一抹の寂しさが漂います。

 余部鉄橋は山陰地方を象徴する風景でありました。映画やテレビドラマでもよく出てきましたね。テレビドラマでは、『夢千代日記』(1981NHK)や、『砂の器』(2004TBS)、『ふたりっ子』(1996NHK)などなどがすぐに頭に浮かびます。

 そしてもう一件、私にとってなぜだかやけに印象に残るのが『俺たちの旅』(1975~76 NTV)の最終回で出てきた余部鉄橋なのです。
 『俺たちの旅』の最終回に余部鉄橋が出てきたことを記憶している人は意外と少ないのではないかと思います。でも実際に印象的な場面として登場するのです。最終回のラストは、覚えている人も少なくないと思います。あの羽田空港で、長年主人公・津村浩介(中村雅俊)に想いを寄せてきた洋子(金沢碧)が南米の日本語の放送局に赴任することを決意し、旅立つことになり別れを告げる場面です。
 ドラマに余部鉄橋が出てきたのはその直前。最後の最後まで想いを告げずにいたカースケが仲間たちからけしかけられ、意を決し、山陰の漁村の過疎化を取材中の洋子のもとにはるばる追っかけてくる、というシチュエーションでありました。前述の余部鉄橋を渡りきったすぐのところにある鎧駅で二人は出会います。そして言うわけです。「洋子、南米なんかへ行くなよ。行って欲しくない。行くなよ。行って欲しくないんだよ。」場面は余部鉄橋を見上げる海岸に移ります。そんなカースケに洋子は「…でも、行くことにしたの。うれしかったから。津村君の気持ちが。私のためにあんなに悩んでくれた津村君の気持ちがうれしかったら、行くことにしたの。津村君を苦しませたくない」と南米行きの決意がむしろ固まったことを告げるわけです。ドラマはその後、音楽が流れたまま、洋子と共に鳥取砂丘を彷徨する風景や、松江の「みな美 松江の味」の料理屋さんで食事する風景、そしてそのまま「水天閣」という旅館で泊まる映像が流れます。そしてその先がさきほどのラスト、羽田空港の場面につながっていくわけです。
 今回、見返してみましたが、ドラマではホンの一瞬、チラッと映るだけなんだけど印象に残るものなんですね。ラスト空港のところはやけに印象に残っているんですけどその直前のところなんですね。

 というわけで、いろんな記憶が残る余部鉄橋がなくなるというのはドラマ好きにとっても感慨深いものがあるわけです。

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