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書評「カラマーゾフの兄弟」(ドストエフスキー)

カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)
(2006/09/07)
ドストエフスキー

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2006
光文社
ドストエフスキー:著, 亀山 郁夫:訳

 ドラマと直接は関係のない本の話題です。
 7月5日ごろ読み始めました。そして読み終えたのが先週8月20日過ぎです。今日まで残った解題をゆっくり読んでいましたが、実に1ヵ月半を要した大著だったことになります。
 全5巻という長い長い物語にも関わらず、途中ほとんど挫折の可能性すら感じさせず最後まで読み通してしまえたこと、それ自体が驚きであります。
 第3巻まで、1巻あたり1日しか時間が経過しないのも凄いです。時間の飛躍という小説のもつ強みを敢えて封印したことで一つ一つの出来事にきわめて密度の高い重みが生まれているように思えます。

 本作ほどの名作になると実に膨大な感想が蓄積されているわけで、私が敢えて申し上げるべきことはほとんどないわけです。ですがただ一つだけ、ほとんど少数派の見方を申し述べます。

 それは父親・フュードルを殺したのは実際に誰だったのか?本当に実行犯はスメルジャコフだったのか?という点です。
 フュードルを殺す場面はこの小説ではリアルタイムの描写としては出てこないのです。唯一、スメルジャコフがイワンに自白するスタイルで出て来てくるわけですが、果たしてこのスメルジャコフの供述は真実だったのでしょうか。
 普通の見方では、どうも小説内のこのやりとりをもとにスメルジャコフが実行犯だと見なしているようです。ですが本当にそうなのか?
 例えば、イワンがフュードルを殺害した可能性というものは全くないのだろうか。
 確かにフュードルが殺された時間、イワンはモスクワに向かう列車の中にいたことになっています。しかしイワンが列車に乗っている描写は小説に登場するものの、それは乗って間もない段階の描写のみです。乗ったものの、すぐにフュードルのもとに舞い戻って殺すことも可能だったはず。その可能性をまったく否定することもできないのではないか。モスクワに着いた列車に彼が乗っていたことが証明されていないように読めるのです。
 ひょっとすると「第2の小説」でそれが明らかになる予定だったのではないか。
 イワンは精神障害ゆえにフュードル殺しを自覚しなくなった。仮に自覚した瞬間、命を絶つ自己破壊の可能性すらある。スメルジャコフはイワンに心酔してきただけに、それを恐れて、自らが犯人だと嘘の証言をイワンにしたのではないか。事実を永遠に封印させるため自らの命を絶ったのではないか。こう読んでみてもなんら不自然なところはないように思えるわけです。

 ま、こういう表層的な部分をとってみるだけでいくらでも角度を変えて読める凄さがあるのだと思います。

 さて今回、私が読んだのは光文社古典新訳文庫の亀山郁夫による翻訳版です。この亀山翻訳をめぐっては読みやすいという好評な意見が多くを占めているものの、翻訳自体に問題があるという指摘もあります。ネット上を検索してみてもそういう「誤訳」の多さを指摘する文章がいくつも目に入ってきます。すでに1巻についてはかなり修正がなされているそうです。やはりまだ訳が新しいだけにそういう面はなきにしもあらずなのだと思えます。
 ただ亀山郁夫はそういう細かい誤訳の指摘を最初から覚悟していた面があります。4巻に載せられている亀山による膨大な解題によると、もともとこの作品の原典自体、ドストエフスキーの口述によって第三者が筆記して起こされており、原典でも文法上、明らかにヘンテコな文章が数々あるそうです。ただ声に出して読めば別にヘンでもない。口述筆記ゆえに細かい文法的な精緻さは軽視されている面があるというのです。むしろ圧倒的な読んでいくことのスピード感が真骨頂なのだと。
 今回の翻訳ではそのスピード感を重視したそうです。すなわち細かい訳文を一箇所一箇所厳密に対応させているわけではないのだと、実はそこまでは書いていないのですが、恐らくそういう意思が多少は働いたのではないかと思えるわけです。
 このあたりはよく分からないところです。ですが亀山翻訳で読んでみて十分作品の面白さを堪能できたことも確かです。いずれ新潮文庫版など他のバージョンも読んでみたい気はいたしますが、はたしてそこまで検証する余裕があるだろうかとも思えています。

 それにしても読み終えてみて、無性に聖書を読みたくなってきてしまいます。登場人物の誰もが多少とも聖書を読み込んだことで聖書に対するスタンスというものをもっていることが痛感され、これほどまでに人々の思考に影響を与えた聖書というものがどれほどのものなのか、ぜひ一度手にとって読んでみたくなりました。

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