てれドラぶろぐ

テレビドラマ研究家の管理人が語るドラマなどの話題

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映像理論を知らない演出家とそれが見分けられない評論家

 芸能人を格付する番組というのをご存じでしょうか。「芸能人格付けチェック」というテレビ朝日の番組で、毎回、5~6人の芸能人が、次々と「高級品」と「安物」を見分ける問題に挑戦し、正解数に応じて芸能人のランクを決めていくという番組です。

 この最新の特番が今年の1月1日に放送されていました。題して「芸能人格付けチェック 2009お正月特大スペシャル」。
 そこで実に興味深い設問がありました。同じ脚本をもとに、一流の映画監督が演出した5分のドラマと映画マニアが演出した同じ5分のドラマを流して、どちらが一流監督の映像なのかを、芸能人が当てるという趣向でした。(ちなみに一流の映画監督が演出したドラマというのは崔洋一監督が、映画マニアが演出したドラマというのはタレントの髭男爵ひぐち君が、それぞれ手がけていました。)
 結果は、ほとんどの芸能人は崔洋一監督が演出したほうを選んだのですが、ごく数人は映画マニアが演出した映像のほうを一流監督の映像だと選んでしまっていました。(ちなみに石田純一はちゃんと崔洋一作品を一流監督の映像に選んでました)
 私はどうだったかというと、5分も見なくとも冒頭の30秒を見ただけで一流の映画監督が演出した映像がどちらか分かってしまいました。で、簡単なのかというとそういうわけでもなさそうです。これを見た映画好きの友人はすぐには区別できなかったそうです。
 どこで見分けられるかというと、簡単に見分けられる点では「絵と絵との繋ぎ方」にその違いがあからさまに存在しています。

 さて、ここまでなら興味深い話で終わってしまうのですが、実際のテレビドラマの演出家の中にも明らかに素人のような映像を流してしまっている人が混ざっているのです。で、私は前々からこれが気になって仕方がないのです。
 で、さらに驚かされるのは、その映像的な問題について理解もせずに、その作品を誉めてしまうような「ドラマを語る評論家」がいたりするのです。明らかにその評論家自身が、気づいていないのです。別に映像の問題を明確に指摘せずとも、ただただ誉めてしまうだけで理解していないことがみえてしまうわけです。これは実は深刻な問題だったりします。

 テレビドラマの演出家というのは、おそらく放送局に入った時から意識してドラマ演出を志した人ばかりではないのでしょう。社内の人材の関係やら研修を経るうち、あるいは局の人材部門の人間が「ドラマに向いている」と判断してドラマ部門に配属してそしてやがて演出家になっていくのが一般的なのだと思います。
 で、ちょっと気になるのはそういう風にしてドラマ演出に就く人というのは果たしてどの程度、映像の基礎知識というのをお持ちなのだろうかということ。何か研修のようなものを行っているのでしょうか。例えばエイゼンシュタインの「戦艦ポチョムキン」などを見てモンタージュ論あたりは学んでいるのでしょうか。

 例えば、絵と絵とをつなぐ方法には原則というものがあるのですが、そういうことを理解しているとはとても思えないような演出家がいます。もちろん、その原則を理解した上で意図的に破綻させた演出を行うことはあっていいと思うのですが、そもそもそういう原則の存在などまったく知らずに演出している人がどうもいるような気がしてならないのです。それを意識して破る手法として例えばゴダールのような即興的な手法も認められるのですがそれはあくまで基本を理解した上での異端的な手法なのだと思えます。
 良くできたテレビドラマや映画だと、絵と絵とをつながりのところで的確に演出家が計算を働らかせているものです。どの絵もテキトーに撮るというのは本来ありえないわけです。
 そういうことに無頓着な演出家は見るも無惨で、絵と絵とのつながりを考えていないため、出来上がったドラマの段階での印象は「見ていて疲れるドラマだなぁ」というような印象になってしまうのです。原因は分からないけれど「疲れる」というのは絵と絵とのつながりについて計算をしていない演出の場合に大いにありうることなのです。

 このほかにも様々な計算を演出家は行っています。実はものすごく細かいところまで演出家は計算を行わなくてはならないわけです。

 で、次に気になるのはこういう演出家が行っている潜在下での巧妙な細工をちゃんと受け手側であるわれわれは認識できているのかと言うこと。

 一般の視聴者や普通にドラマをのんびりと見て印象批評を行っているような人は別にそんなことに気づかずとも自由にドラマの感想を書けばいいと思うのですけれど、プロのライターや評論家と名乗る人の中にも、こうした演出家の精密な計算を理解せずに平然と語っている人がいる、ということは先に述べたとおりです。

 こういうプロとしての映像の技を理解せずに、素人のような映像を無頓着に誉めているのをみると暗然たる思いにとらわれてしまうわけです。

 以下は余談ですが、キネ旬が「映画検定」なるものをやっているそうですが、単なるしょ~むない知識の量を競わせるのではなく、こういう、実際にプロの映像と素人の映像とを識別できる能力があるかどうか、といったことを問うてみる必要があるのではないかと思います。ま、こんな検定、どうでもいいのですがね(笑)

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