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書評「樅ノ木は残った」山本周五郎・著

2003
新潮社
山本 周五郎

 上中下の全三巻。最初は果たして読み通せるかと思ったのですがまったくの杞憂でした。冒頭の数十ページこそ慣れるのに若干苦労しましたが後はスルスルと面白いように読み進めました。
 伊達騒動が舞台、と言われても別に歴史の授業でも習った記憶もなく、江戸期より中世や古代が好きな私としてはこのあたりはよく知らないわけですが、史実に疎い私でも最後まで楽しませてくれます。といいますかラストを知らないからこそ楽しめた面もあったかも知れません。
 本書の一番の魅力は何といっても、主人公・原田甲斐の魅力的な人間像にあるように思います。同性としては主人公の生き様にどこか共鳴したくなる部分もあるわけです。ドロドロとした人間の欲望と権謀を超然とした視点で遠くからスッと真実を見透すその眼力のようなものや、ギラギラと能動的に動かずに自然と人の気持ちをとらえ、いつの間にか組織を操作してしまっているという、まるで居合のような術にどこか憧れのようなものを感じてしまうわけです。
 このほか、七十郎をはじめ宇乃、新八など周辺の人物の描き込みも素晴らしく、魅力的な人物が小説の中で自由に動き回っている。そんな観すら漂います。

 読み進み後半になるに従って徐々にそんな魅力的な主人公たちの生き様が狭められ徐々に窮地に陥っていくさまが冷静な筆致で描かれているのがなかなか切ないですね。またそもそも主人公・原田甲斐がそこまでして守ろうとしたものが現代の価値観としてはあまりに悲しい。封建主義の時代に封建主義の秩序を守るためにこんなに多くの人が悲しくも散っていったのかと。そういう面では人物に感銘を持ちつつ、どこか「はかなさ」を感じてしまいます。

 あと、結構、女性の描き方が艶めかしいですね。エロティックですらあります。そういう女性像と、一方で淡泊な原田甲斐と。その対象的な描写も印象的です。

 敢えて一点、この名作に畏れ多くも、「イチャモン」をつけるとするなら、若干、書き手の作為が気になる点でしょうか。いろんな人物の動きを描きながらラストに向けて収束させていく、その腕前は見事だと思いますが、そういう作り手の作為を気づかせてはダメなのではないかと思うのです。
 冒頭に出て来た樅ノ木をラストで再び登場させる。これもいかにもやりそうな手法だなと。このあたりもう少し自然な形にすることは出来なかったのでしょうか。それともこのあたりが大衆小説の大衆小説たる良さなのでしょうか。

 最後に本の造作について一点だけ。やはりこれだけ分かりやすい読み物ではありますが、どうしても登場人物が輻輳気味で後半になって関係者が増えてくるに従って、これは誰だったかな?というような場面も少なからず出て来ました。私は多少の不明は気にせずググッと読み進みました。それでも十分内容は理解できますし楽しめるのですが、登場人物が読み分けられていたらもっと深く楽しめたような気がしています。というわけで、ぜひとも巻末か巻頭あたりに登場人物の一覧のようなものをつけていただきたい気がいたします。

 あとこれはどうでもいいことかも知れませんが、アホな本屋では本書を「上」と「下」だけ並べているところがありました。中巻というものが存在しているということを知らないのでしょう。悪いのは本屋の不勉強なのでしょうが。

樅ノ木は残った (上) (新潮文庫)樅ノ木は残った (上) (新潮文庫)
(2003/02)
山本 周五郎

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