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山田洋次監督

 新聞報道によると、ぬぁんと、山田洋次氏が芸術院の新会員に選ばれたそうですね。芸術院の会員というのは日本の芸術の世界の中での「最高峰」、いわばチョモランマであります。メンバーを見ていると一体ぜんたいどんな業績があるというのかという人もいて実はテイのいい骨董品市場なのかとも一瞬思ってしまうのですが、映画監督が会員に選ばれたのは小津安二郎氏以来の「快挙」だそうです。
 まぁ、それはともかく、私にとっての山田洋次作品との出会いは「水曜ロードショー」で放送された「男はつらいよ 寅次郎夢枕」。そう、八千草薫さんがマドンナ役の回です。
 続いて、「幸福の黄色いハンカチ」でありました。中学校で学校鑑賞しましてエラク感激。こんな素晴らしい監督がいるのかと。
 中学生だったこの時期にはまさに山田洋次監督はスバらしいという思いで支配されていました。


 その後、高校で映画研究部に入り、いろんな監督の映画作品をながめていくうち、山田洋次作品の中に、「ある種」の胡散臭さが感じられてきました。それは私が曲がってきたからなのかも知れません。高校生の終わりごろに「幸福の黄色いハンカチ」を再見すると、そのかなり白々しい演出ぶりに閉口してしまった自分がいました。後半、夕張に向かうクルマのバックで流れるあの陳腐で大げさなアップテンポの音楽、何とかならないか??、とか。ラストの空一面にたなびくハンカチ、それをナゼ高倉健はしばらく捜しているのか?捜すまでもなく、見れば一目瞭然のはずだろ、白々しい、とか。
 大学生のころになると、もはや山田洋次作品は敬遠対象になっていました。大島渚や長谷川和彦、市川崑、森田芳光、大林宣彦などの先鋭的な映像美やドラマ展開に気を奪われていったのですね。
 そして社会に出たころ、そう、1990年頃でした。久々に「男はつらいよ」を見てみたのです。視聴したのは第12作目の「私の寅さん」。
 岸恵子がマドンナ役だったこの作品を見て山田洋次の非凡さに驚かされ、それまでの私の認識を改めた次第であります。この作品では「とらや」のメンバーが九州旅行に行ってしまい、空になった柴又の店を寅さんが留守番をするハメになります。熊本城などで楽しく記念撮影しているとらやのメンバー。帰ってくる日には早くから寅さんがまめまめしく家を掃除し食事も準備しています。そしてさぁ、とらやの面々が帰ってきました。「ただいま」。帰ってきたみんなは楽しげ。静かだった「とらや」の茶の間が帰ってきたみんなで、にわかに活気にあふれます。
 するとあれ?それまで歓迎準備に精を出していた寅さんがいません。どこに行ったのか?寅さんはナゼか二階の部屋にスッ込んで出てこないのです。さくら(倍賞千恵子)が心配して部屋に入っていくと、こちらも向かず向こう側を向いたまま。さくらが「おにいちゃん、ただいま」と声をかけると、ようやく暗い表情で向こうを向いたまま寅さんが「お帰り」と言います。そしておもむろに活気あふれる一階にゆっくり降りていく…。
 それまであれだけ連中の帰宅を心待ちにしていた寅さんが、いざ皆が帰ってくると二階にすっこんでしまう。その微妙な心理。
 普通の凡百の作家ならここで明るい表情で帰宅した面々を迎える描写にしてしまうでしょう。かつての東芝日曜劇場の石井ふく子作品あたりなら(笑)
 それだとどうということのないありきたりな場面になってしまうのです。ですが、違うのですね。飼っていた犬がほったらかしにされ、家族みんな旅行に出かけて帰って来ると、しばらくひとり、すねてしまって困るといいます。どちらかといえばそういう心境に近いでしょう。恐らく寅さんのような反応を人間はしてしまうものではないか。そこまで当たり前のように描いてしまう山田洋次脚本はスゴイと思ったものです。

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