てれドラぶろぐ

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「気」というもの

 私は「気」というものが日々の生活において非常に大切だと思っています。日々、「気」の動きを注視して、それをいかに自分の味方にしていくか。そればかり考えてるのが行動原理の中核となっているわけです。

 「気」の流れ?何じゃらホイ?と思われるかも知れませんが、気持ちの「気」、気分の「気」、大気の「気」、気候の「気」です。

 要は「自然ノチカラ」をうまく利用すると、自分の目指したい方向が案外、サラッと実現することが多い、ということです。

 それを理解するには、それと対極的な生き方をしている人を例に挙げた方がいいように思います。
 例えば、こういう人が周りにいないでしょうか。強引に計画を立ててグイグイ課題を達成していくという人。そういう人というのはどこにでも1人か2人はいそうです。最近はアメリカ式の思考方法が推奨されているためかこういう思考方法の人が増える傾向があります。こういう人を端から見ているとタイヘンだなぁと思うことが多いわけです。まるでブルドーザーで整地していくかのごとくグイグイと物事を進める。通った跡にはペンペン草も生えないぐらい徹底的に力任せに目標を目指していく。毎日、朝から晩までせっせと予定を立てて入念に目指す方向をグイグイと固めていく。でも冷静に観ると、こういうやり方ではあまり大きなことを達成できていないことが多いものです。ビジネスでもそうでしょうし、身近な自分の生き方でもそうです。客観的に観ると「労多くして功少なし」ということが案外多いわけです。ペンペン草も生えませんから負う傷も大きいといえます。周囲から理解者も去っていくことだってあるでしょう。

 そこで、こういうやり方ではなく、もう少し「自然の力」というものを利用したやり方がずっと楽で、誰もが幸せになるのです。


 ビジネスでもオフでもそうですが、「自然界に存在する力」を積極的に活用することで、コトは予想外にスルスルと進むことが多いのです。水が高いところから低いところへ流れるように、物事を進めるためにいかに「自然」に従った流れにするか、ということ日々心を砕いていくべきだと思うのです。

 案外、こういうことを考えて日々の仕事をやっていくと流れるように、まるで軽業師のごとく、難儀なこともさらりと回避してさらさらと成果を生み出していけます。案外、あまり苦労せずに物事はできていくものだと最近思えているのです。

 これは要するに巨大な石を決められた場所に動かすようなものだと思うのです。一生懸命、その石を力任せに押し続けても疲れるだけでなかなか進まないものです。ですがどうでしょう?その石の周囲に水分を流したり油を流してみたりする。
 するとですね。今まで動かないように見えていた石がそれ自体、転がり始めることだってあるのです。高いところから低いところに向け石自体が「自然の摂理」に従って目標とする場所へ転がっていくことだってあるのです。

 ここでいう「自然の摂理」というのが私が日々心を砕く「気」、そのものの正体です。

 人間という存在の持つ感情というものには、誰にでも共通の気持ちというものがあります。「気持ちよく仕事したい」とか「何か生きがいを感じたい」とか「自分のことを認めてほしい」とか「達成感を感じたい」などなどです。要はこういう、「人々の自然な感情」というものを大切にしていくのです。すると、自分は何も大したことはしていないのにスルスルと目標としていることが実現することがあります。それに関与した人々がみんな充実感を感じることも出来てしまうわけです。

 日々、何を大事にしているかといえば、こういう「自然の力」=「気の動き」なんですね。雲が西から東へ流れていくように、地球が自転しているように、自然界に普通に存在している摂理を利用する。するとそんなに疲れることなく生きていけるわけです。

 これが実は私の根底の行動原理だったりするのですがどんなものでしょう?そんなバカな、と思われるかも知れませんがこういうことを考えて日々、やっていくと案外、楽に生きていけるのです。ものは試しでやってみてくださいまし。

 これの最大の弱点は、やはり、どう考えても「自然」と反したことをやろうとすると上手くいかないということです。ですが「自然」と反することをやるのはそもそもやるべきでないと考えるべきと思うわけです。

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